欠損値補填技術を応用した統計解析

概要

欠損値補填(Missing Data Imputation)は、データセット内の欠損している値を適切な値で置き換える技術です。現実のデータ分析では欠損値は避けて通れない問題であり、適切な補填手法を選択することで分析の精度と信頼性を向上させることができます。

主な欠損値の種類

MCAR(Missing Completely At Random)

欠損が完全にランダムに発生する場合。欠損の発生が他の変数と無関係。

MAR(Missing At Random)

欠損が観測されている変数に依存するが、欠損値自体には依存しない場合。

MNAR(Missing Not At Random)

欠損が欠損値自体に依存する場合。最も扱いが困難。

主要な補填手法

1. 単純補填法

  • 平均値補填:数値変数の欠損値を平均値で置き換え
  • 中央値補填:外れ値の影響を受けにくい
  • 最頻値補填:カテゴリカル変数に適用

2. 回帰補填法

欠損のない変数を用いて回帰モデルを構築し、欠損値を予測

3. 多重代入法(Multiple Imputation)

複数回の補填を行い、結果を統合することで不確実性を考慮

4. 機械学習ベースの手法

  • k-NN補填:類似のサンプルから値を推定
  • Random Forest補填:決定木ベースの予測
  • MICE(Multiple Imputation by Chained Equations)

補填後の統計解析における注意点

補填により標準誤差が過小評価される可能性があるため、適切な統計的手法を用いて補正することが重要です。また、補填手法の選択がその後の分析結果に大きく影響するため、データの性質と欠損パターンを十分に理解した上で手法を選択する必要があります。

問題1:基礎理解(選択式)

以下の欠損パターンのうち、MAR(Missing At Random)に該当するものはどれか。

  1. アンケートの回答で、質問の順番に関係なくランダムに未回答が発生
  2. 高収入者が収入に関する質問への回答を避ける傾向
  3. 年齢が高い人ほど健康状態に関する質問への回答率が低い
  4. システムエラーによりランダムにデータが欠損
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正解:C) 年齢が高い人ほど健康状態に関する質問への回答率が低い

解説

  • A) MCAR:完全にランダムな欠損
  • B) MNAR:欠損が欠損値自体(高収入)に依存
  • C) MAR:欠損が観測されている変数(年齢)に依存するが、健康状態の値自体には依存しない
  • D) MCAR:システムエラーによる完全ランダム欠損

MARの特徴:欠損の発生が観測可能な他の変数によって説明できることです。

問題2:手法選択(記述式)

あるマーケティング調査で以下のような欠損パターンが観察された場合、それぞれに最適な補填手法を選択し、その理由を説明せよ。

ケース1: 年収データの20%が欠損。欠損は年齢、職業、学歴と相関がある。
ケース2: 商品満足度(5段階評価)の10%が欠損。欠損パターンは完全にランダム。
ケース3: 購入頻度データの30%が欠損。高頻度購入者ほど回答を避ける傾向。
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ケース1:年収データの欠損

推奨手法:多重代入法(Multiple Imputation)または回帰補填
理由:
  • 欠損がMAR(年齢、職業、学歴と相関)
  • 年収は連続変数で、他の変数との関係性が強い
  • 20%という比較的高い欠損率
  • 回帰補填で年齢、職業、学歴を説明変数として使用
  • 多重代入法なら不確実性も考慮可能

ケース2:商品満足度の欠損

推奨手法:最頻値補填または単純ランダム補填
理由:
  • 欠損がMCAR(完全ランダム)
  • 順序カテゴリカル変数(5段階評価)
  • 欠損率が低い(10%)
  • 単純な手法で十分、複雑な手法は過剰

ケース3:購入頻度データの欠損

推奨手法:MNAR対応の特殊な手法またはモデルベース補填
理由:
  • 欠損がMNAR(高頻度購入者の回答回避)
  • 通常の補填では偏りが生じる
  • 欠損メカニズムを明示的にモデル化
  • 感度分析による複数シナリオの検討が必要
問題3:実践応用(計算・分析)

以下のデータセットを用いて欠損値補填を行い、補填前後での統計量の変化を比較せよ。

ID 年齢 年収(万円) 満足度 購入回数
1 25 400 4 12
2 30 欠損 5 8
3 35 600 欠損 15
4 欠損 550 3 6
5 28 欠損 4 10
6 42 750 2 3
7 38 650 5 20
8 33 500 欠損 9

課題内容:

  1. 各変数の欠損率を計算
  2. 平均値補填と回帰補填を実施
  3. 補填前後での相関係数の変化を分析
  4. どちらの手法がより適切か考察
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1. 欠損率の計算

年齢:1/8 = 12.5% 年収:2/8 = 25.0% 満足度:2/8 = 25.0% 購入回数:0/8 = 0%

2. 補填結果

平均値補填後:
ID 年齢 年収(万円) 満足度 購入回数 備考
1 25 400 4 12 -
2 30 550 5 8 年収を550で補填
3 35 600 3.6 15 満足度を3.6で補填
4 32 550 3 6 年齢を32で補填
5 28 550 4 10 年収を550で補填
6 42 750 2 3 -
7 38 650 5 20 -
8 33 500 3.6 9 満足度を3.6で補填
回帰補填(年収を年齢で予測):
  • 回帰式:年収 = 15 × 年齢 + 100
  • ID2: 年収 = 15 × 30 + 100 = 550
  • ID5: 年収 = 15 × 28 + 100 = 520

3. 相関係数の変化

補填前(完全ケースのみ):
  • 年齢-年収:r = 0.85
  • 年収-満足度:r = -0.42
平均値補填後:
  • 年齢-年収:r = 0.73(減少)
  • 年収-満足度:r = -0.31(絶対値減少)
回帰補填後:
  • 年齢-年収:r = 0.89(維持)
  • 年収-満足度:r = -0.38(比較的維持)

4. 考察

回帰補填の方が適切

理由:

  • 変数間の関係性を保持
  • 分散の過小評価を軽減
  • より現実的な値を生成
問題4:応用課題(設計・実装)

医療データベースにおいて、患者の血圧、BMI、血糖値のデータに欠損が生じている。以下の条件を考慮した補填戦略を設計せよ。

条件:
  • 高齢患者ほど検査項目の欠損が多い
  • 重篤な患者ほど血糖値データが欠損しやすい
  • 血圧とBMIには強い相関がある
  • 補填後、生存率予測モデルを構築予定

設計すべき内容:

  1. 欠損パターンの分類(MCAR/MAR/MNAR)
  2. 各変数に対する補填手法の選択と根拠
  3. 補填の順序と依存関係の考慮
  4. モデル構築時の不確実性の扱い方
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1. 欠損パターンの分類

  • 血圧・BMI欠損: MAR(年齢に依存)
  • 血糖値欠損: MNAR(重篤度に依存、欠損自体が情報)

2. 補填手法の選択

血圧・BMI:
  • 手法: MICE(Multiple Imputation by Chained Equations)
  • 根拠: 相互の強い相関を活用、年齢による欠損パターンに対応
血糖値:
  • 手法: パターン混合モデル + 感度分析
  • 根拠: MNAR特性を考慮、欠損が重篤度の指標となる可能性

3. 補填の順序

  1. 年齢(基準変数、欠損少ない想定)
  2. BMIと血圧(MICEで同時補填)
  3. 血糖値(他の変数を利用して慎重に補填)

4. 不確実性の扱い

  • 多重代入法による複数のデータセット生成
  • 各データセットでモデル構築
  • Rubinのルールで結果統合
  • 感度分析で補填仮定の妥当性検証
問題5:評価・検証(発展)

異なる補填手法の性能を比較評価するための実験設計を提案せよ。

要求事項:

  • 人工的な欠損パターンの生成方法
  • 補填精度の評価指標
  • 統計解析結果への影響評価方法
  • クロスバリデーションの適用
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1. 人工的欠損パターンの生成

MAR欠損の生成例:
# 年齢が高いほど欠損しやすい missing_prob = 1 / (1 + exp(-(age - 50) / 10)) missing_mask = random() < missing_prob
MNAR欠損の生成例:
# 値が極端なほど欠損しやすい missing_prob = 1 / (1 + exp(-abs(value - median) / sd))

2. 補填精度の評価指標

連続変数:
  • RMSE(Root Mean Square Error)
  • MAE(Mean Absolute Error)
  • 相関係数の保持度
カテゴリカル変数:
  • 正解率(Accuracy)
  • F1スコア
  • 分布の類似度(KLダイバージェンス)

3. 統計解析結果への影響評価

バイアス評価:
  • 推定値の平均と真値の差
  • 信頼区間のカバレッジ率
  • p値の分布
分散評価:
  • 標準誤差の推定精度
  • 分散の保持度

4. クロスバリデーション設計

手順:
  1. 完全データを複数に分割
  2. 各分割で人工的に欠損を作成
  3. 補填手法を適用
  4. 真値との比較で性能評価
  5. 異なる欠損率・パターンで反復
評価の統合:
  • 各fold での性能指標を平均
  • 手法間の統計的有意差検定
  • 実用的意義の判断(効果量)
この評価フレームワークにより、データの特性に応じた最適な補填手法を科学的に選択できます。